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──天使猟──
文・逆亦重 文(監修)・ゆきえゆた 画・西緒十琉
【注意】陵辱描写があります。ご注意ください。
■18才未満の閲覧を禁止いたします■
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そこは、深い深い森の奥でした。
木々はおおきく育って空をうめつくし、地上に光がとどくことはありません。昼間でもなお暗く、また、じめじめしていたため、地面にはみどりいろの苔がびっしりと生えていました。
その森のさらに深い場所。
獣さえ入るのが難しい谷の底に、ひとすじだけ光が射し込む広間があります。
そのあわい光が入るわずかな場所に、一輪の花が咲いていました。
黒爪草。
その花は、そう呼ばれていました。
まるで獣の爪のような花びらは、射し込むわずかな光を反射し、つやつやと輝いています。
まるで黒曜石のような美しい輝きです。
暗い森の奥深く、すこしばかりの光に照らされ、一輪だけでたたずんでいるその姿は、とてもけなげで、それでいて気高く見えました。
ある晴れた日の午後。
太陽がてっぺんにのぼり、谷底に細い光が射し込んで黒爪草を照らしていました。
するとどうでしょう。
淡い光とともに、小さな羽根がいくつもいくつも降ってくるではありませんか。羽根はまるで雪のようにひらひらと舞い降り、地面をおおった苔にふれる前に消えてゆきます。
それはそれは儚く、美しい光景でした。
数えきれないほどの羽根にかこまれ、舞い降りて来るものがありました。
それは───長く美しい金髪をゆるやかになびかせ、ふんわりとした雲のような薄絹をまとった───天使でした。
頭のてっぺんには、まぶしく光るまあるい輪っかを。
背中には、白くて大きな翼をたずさえています。
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天使は、その大きな翼をゆっくりと羽ばたかせ、黒爪草のすぐそばまで舞い降りてきました。
そして、そうっ…と、あたりを見回します。
───風の音も、小鳥のさえずる声さえ聞こえません。
谷底は静まりかえっています。
天使は、ゆっくりと黒爪草に顔を寄せ、その香りを確かめました。そして目を細め、うっとりとした表情を見せると、再びその綺麗な顔を、真っ黒い花びらに寄せます。
とつぜん、天使は身体が熱くなるのをかんじました。
こんなことは初めてです。
なぜって、天使が住む天の国では、傷を負ってもすぐ治ってしまいますし、病気になることもありません。だから、こんなふうに身体が熱くなるなんて初めてのことだったのです。
天使は身体が熱くなるばかりか、しだいに頭がくらくらするのも感じました。立っているのがつらくなり地面に座りこみましたが、冷たい苔に冷やされるどころか身体は熱くなるばかり。
とうとう、天使は倒れてしまいました。
ゆらゆらゆれる視界の先………。
暗い谷底の、岩の裂け目。
天使は、自分を見つめる目があることに気付きました。
獲物を冷静に観察し、狙うような視線……。そのおそろしい目は、岩の裂け目の暗がりの中で、つめたく天使を見すえています。
天使には、それが人の目だということがすぐにわかりました。
岩のすき間にいるのであろう、その人間に、天使は手を伸ばしました。天使の使命は人を助けることですから、こんなに悲しい瞳を持った人間がいるのなら、助けなければならないと思ったのです。
しかし、伸ばした手は、はらりと地面に落ちました。
気を失う寸前。
天使は、岩の裂け目から、大きな獣のような男がはい出てくるのを見ました。
男の手には黒い紐と、黒いベルトのようなものがにぎられています。そのベルトが自分の首にはめられたのを感じつつ、天使は気を失いました。
「オスか」
──獣のような男は、そう、つぶやきました。
そこは薄暗い洞窟の中でした。
天井の岩の裂け目から、かろうじて射し込んでいるお日様の光。そして岩壁のくぼみに置かれたロウソクとオイルランプが、洞窟の中をオレンジ色に照らしています。
それらのあかりに照らされている場所はかろうじて見て取れましたが、あかりが届かない洞窟の奥は暗く、闇に溶けて見えません。
その洞窟の壁際に、じょうぶな木の柱が立てられています。天使は地べたに座り、両方の足を投げ出したまま、その柱に縛りつけられていました。
そして天使の細い首には、男がつけた黒いベルト…首輪が、はまっていました。
男は皮でできた工具入れをくるりと広げ、中から大きなハサミを取り出しました。
そして、切れ味を確かめるように何度かハサミを握って刃を合わせると、うつむいている天使の髪を───美しい金色の髪を、前の方から無造作につかみ、天使の鼻先で一気に切り落としてしまいました。
切り落とした髪を、男は片手でくるりと器用に巻いて、鍵のついた箱にていねいに入れました。黒い内張りがしてある箱に入れられた天使の金髪は、見る間に固まり、髪のかたちをした金塊になりました。
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男は箱にふたをし、鍵をしめました。
次に、天使の口を黒い布でふさぎました。そしてあろうことか、洞窟いっぱいに広がった天使の翼の片方をつかみ、羽根をむしり始めたのです。
男は黙々と羽根をむしり、黒く染められた皮袋に次々とほうりこんでいきます。つかみきれなかった小さな羽毛が洞窟中に散らばって、それはやがて消えてしまいましたが、黒い皮袋に詰められた羽根は消えずに残っていました。
片方の羽根をすべてむしり終わったところで、天使の目が、すうっ…と開きました。
男はおどろきました。
黒爪草でそめた布。
その布で口をふさがれているのに、目を開けることのできた天使は、これが初めてだったからです。
男は大きく舌打ちをし、残りの翼に手を伸ばしました。しかし遅く、天使の背から翼はふっと消えてしまいました。
天使は男を見て、一瞬、驚いた顔をしたあと、もごもごと何ごとか話しかけました。黒い布で口をふさがれていますから、何を言っているのかはわかりません。でも何か言っているようです。
男は天使を無視し「翼を出せ」と、恐ろしい声で命令しました。
天使は男を見つめました。
……岩の裂け目の暗がりの中で天使を見すえていたときと同じ、暗くて冷たい……とても悲しい目です。
天使は、ふたたび男に話しかけました。やはり何を言っているのかはわかりません。熱があるのか、その頬はほんのり桃色にそまっています。金髪のすきまから見える淡いみずいろの瞳は熱でうるんでいましたが、男をまっすぐに見つめていました。
男はそんな天使の視線をものともせず、天使がまとっている衣を乱暴に脱がせはじめました。
天使はおどろいて男の手から逃れようとしましたが、縛られている上に、どういうわけか少しも力が入りません。
剣をくくりつけていたベルトはすでに無く、布をおさえているのは腰紐だけだったため、衣はあっという間にはぎとられてしまいました。男は、はぎとった衣をていねいにたたみ、黒い皮に包みました。
そして再び「翼だ」と命令しました。天使は否定も肯定もせず、やはり熱い視線で男を見つめ、何かを言っています。
………冷たい目でしばらく天使を見ていた男は、気まぐれを起こしたのか……それとも、何か考えがあったのか。
ゆっくりとした動きで、天使の口をふさいでいた布を取りました。
口が自由になったとたん、天使は大きく深呼吸し、やつぎばやに男に言いました。
「なぜ、そんな目をしているのか?」
「なにか…とてもかなしいことがあったのか?」
「かなしいから、おれのことが……天使がほしくなったのか?」
男は、まだしゃべろうとする天使の口を片手でふさぎました。
そして低い声でゆっくりと言いました。
「……お前らは犯すと大人しくなり、なぜか従順になる。いいか。俺に犯されたくなければ、残りの翼を出せ」
天使はびっくりして目を見開きました。
男は天使が大人しくなったのを見て、手をはなします。そしてふたたび、翼を出すよう命令しました。
「けがれをうけたら天ばつがくだり、つばさどころではなくなる」
天使はそう言いました。
でも男は天使を見下し、鼻で笑いました。
「ああ、そうだ。お前達天使は犯されると獣に変わってしまう。だが、その首輪をしていれば問題ない」
天使は、さらにびっくりしました。
身体を穢されても天罰が下らないことなど、天使にとって本来ありえないことです。天使は自分にはめられている首輪が何なのか男に問いました。
「“それ”は、天使の皮でできている」
黒爪草で染めた天使の皮。
その黒い皮に魔法使いが呪文を刻み、魔法を使って枷と成す。その枷を天使にはめると、何をしても獣に変わることはない。
「俺は天使を狩る猟師だ。そしてお前は、俺の獲物だ」
男は追い討ちをかけるように言いました。男の……猟師の言葉に反応したかのように、ろうそくの火がじりじりと音をたてます。
「りょうし……」
天使は小さくつぶやきました。
そして、とても悲しい気持ちになりました。
人間と天使は尊敬しあい、愛しみあうもの。天使は人間を助け、人間は天使の助けを得て、より幸せな道を歩む。
幸せな人間を見て、天使も幸福を感じる……。
天使は、今の今までそう信じていました。
しかし目の前にいる男は…猟師は違います。
人間でありながら天使を獲物としか見ておらず、愛しみあうどころか天使の全てを奪いつくすつもりなのです。
せっかく目の前に天使がいるのに、助けも奇跡も求めず、ただ獲物として狩るだけ……。
猟師の冷え切った瞳から目をそらし、天使は少しだけうつむいて考えこみました。
しかしすぐ、ぱっと顔を上げて猟師を見上げました。天使の顔は、どこか吹っ切れたような明るい表情をしています。
「よし、わかった。おまえの好きにするがいい。だが、つばさはぜったいに出さないぞ」
天使は、なぜか誇らしげです。
後ろ手に縛られ、服も取り上げられ、髪は切られっぱなしのざんばらなままでしたが、天使はともかくそう言いました。
猟師は少しだけ天使を見つめていましたが、ふいに天使の細いあごを取り、唇を重ねました。無遠慮に天使の唇をむさぼり、舌をからめます。
天使はびっくりして身体がかちかちに固まってしまいました。顔をそむけるどころか瞬きすることさえ忘れ、猟師のされるがままになっています。
しかし、ふと自分を取り戻したのか、負けじと目をぎゅっとつむり、猟師に挑むように唇や舌を動かしはじめました。でもこんなことをするのは初めてですし、黒爪草のせいもあって、何もかもが上手くいきません。
猟師に唇を解放されたとき、天使はくたくたになっていました。上を向いたまま、口を閉じるのも忘れ、肩で息をしています。
でも、天罰が下る様子はありません。
天使は心の底から驚いていました。
本当なら、猟師に口付けされた瞬間、その身がカエルやネズミに
変わってしまってもおかしくありません。
でも首輪のおかげなのか、口付けの熱が残るだけで、身体には何の変化もありませんでした。
「…翼を出す気になったか?」
猟師が言いました。
天使は最初、虚ろな目で猟師を見ましたが、すぐ頭をふって自分をふるい立たせました。
そして天使らしい、きぜんとした態度で、猟師に言いました。
「おれを一生、お前のそばにおけ。そして天使をとるのは、おれで
さいごにしろ」
天使の羽根はまた生えてくる。そうすれば、お前が生きているかぎり、永遠に天使の羽根を使うことができる。髪も伸びるだろうから、そうしたらまた切っていい。
天使は、そう、猟師に提案しました。
しかし猟師の態度はかわりません。
「お前の羽根を全部むしったら、お前を売る。そしてまた、次の天使を狩る」
天使も獣も同じだ、獣とそいとげる人間はいない……と、猟師は低い声で付けくわえました。
天使は、それもそうだと思いました。
いくら尊敬しあい、愛しみあっていたとしても、人間と天使が実際に結ばれたところなんて見たことがなかったからです。
たしかに、そんな話は天界でも聞いたことがあります。人間と結婚した話、無二の親友になった話、一生、そばで見守った話……。
でもそれはお伽話や噂話のようなもので、本当にあった出来事なのかは天使も知りませんでした。
それに、この男は天使を狩る猟師で、それが生きるための糧なのです。この男にとって、天使も獣もさして差がないのを、天使はなんとか理解し、受け入れました。
でも、一つだけ受け入れがたいものがありました。
それはこの猟師の目でした。
天使の使命は人を助けることです。
百歩ゆずって天使を狩る仕事は良いとしても、この目は何とかしなければなりません。
天使は、猟師を助ける手掛かりはないか……、洞窟の中をきょろきょろと見回しました。
よく見てみれば、洞窟の中には猟に必要なさまざまな道具が置かれています。さらに見回すと、壁に掘られた浅い穴には藁と布が敷かれていて、そこが寝床であるのがわかりました。その枕元……奥まった場所に、小ぶりの額縁があるのに天使は気付きました。
そこには年老いた魔女が描かれていました。よく見れば猟師に少しだけ似ています。
おそらく、魔女も天使を狩る仕事をしていたのでしょう。黒爪草で染めた真っ黒な首輪を、幾重にも腕に巻きつけています。
…描かれた魔女の目はよどんでいて、猟師よりも恐ろしく、冷酷そうに見えました。
「あれ、おまえのははおやか?」
天使の問いかけに、猟師は一瞬だけ顔をしかめました。
でも問いには答えず「翼を出せ」と命じました。
かたくなな猟師に負けじと「そばにおいてくれないのであれば、つばさはぜったいに出さないぞ」と、天使もくりかえし言いました。
猟師は舌打ちをしました。
そしてのっそりと立ち上がり、洞窟の奥へ消えました。奥で木箱を開け、がちゃがちゃと中身をいじる音がします。
戻ってきた猟師の手には、小びんと油壷がにぎられていました。
「このびんの中身は黒爪草を煎じたものだ。これからお前に飲ませる。そしてお前を犯し、いう事をきかせる。それが嫌なら、翼を出せ」
天使の心の中は不安でいっぱいです。
でもふんぞり返り、「よし、やれ」と言いました。
「おれは、おまえに何をされたとしても、言うことなんかきかないぞ。それにそのクロツメクサは、おれにはあまりきかないようだ。きっとお前の努力はむだになるにちがいない」
猟師は無言で、ふたたび天使のあごを乱暴につかみました。そして小びんの中身を自分の口にふくみ、嫌がる天使に口付けをして、むりやり天使の喉に流し込みました。天使は最初、歯を食いしばって耐えていましたが、猟師に鼻をつままれると一気に飲み込んでしまいました。
天使はむせると同時に、身体がますますおかしくなるのを感じました。でも嫌な気持ちではありません。くらくらするし身体はさらに熱くなりますが、どこかふわっとした気持ちよさが何度も全身をかけぬけます。
そんな天使の様子をよそに、猟師は油壺の中身を手の平にあけると、それを天使の足の間に塗りこみました。天使はあらぬ声をあげ、猟師の手から逃れようと身体をよじりましたが、無駄でした。
油を全て天使に塗り終えると、猟師は裸になり、天使の上におおいかぶさりました。
天使は声をあげせいいっぱい暴れ、もがきましたが、ついに猟師の動きが止まることはありませんでした。
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頭上にあったお日様が隠れ、月や星が顔を出したころ。
大の字に倒れ、胸を大きく上下させ、荒い息をしているのは猟師の方でした。
「どうだ、おれの勝ちだ!」
天使は勝ち誇ったように言いました。
そして猟師に向かって、肩で息をしながら、俺を一生、お前の側に置け、二度と天使を狩るなと言いました。
…そう言ってはいるものの、天使の顔は涙でぐしゃぐしゃでしたし、声は震え、喉の奥からは、まだ、嗚咽がもれています。
天使は羽虫が羽ばたくよりも小さな声で「それでもおれの勝ちだから、お前はおれのいうことをきけ」とつぶやきました。
猟師は横目で天使をにらみました。
天使は、まっすぐに、猟師の視線を受け止めました。猟師の目は冷たいままです。天使はまた悲しくなって、その瞳から大粒の涙をぽろぽろと流しました。涙は、地面に落ちるころには瞳と同じ淡い水色の宝石に変わり、猟師の手元までころころと転がるのでした。
…ころがってきた宝石を握り、大きなため息をついてゆっくりと起き上がった猟師は、「お前は売り物にならん」と言って天使の縄をほどきました。
天使は驚いて猟師を見ました。
ほどかれた腕は赤くあざになっていて痛みましたが、驚きが勝っていてそれどころではありません。
「どこへでも行くがいい」
猟師は冷たく言い放ち、座ったままで、天使に背を向けました。
天使はとても悲しい顔をしましたが、背を向けた猟師にはそれが見えません。
「…おれはいちばん位がひくい天使だから、人間にちかよることもゆるされていなかった」
ぽとりと、また大粒の涙をひとつこぼし、天使が語り始めます。人を助けたかったこと、こうやって誰か一人だけでも助けられるなら、それはとても幸運であること……。
「俺は助けを求めていない」
そう言うと、少し黙ってから、猟師は続けました。
「首輪は外すな。穢れを受けた天使は、そのあと、いくら身をきよめてやっても、首輪を外すと獣になってしまう……」
猟師の話はこうでした。
……寝床にあった小さな額縁。
それに描かれている魔女は、猟師と同じく、天使猟を生業にしていました。猟師がしたように天使を捕らえ、全てを奪うのです。
奪ったあとは金持ちの商人や貴族に何度も何度もくりかえし高額で貸し出して、そのうち天使が狂うころ、首輪を外してしまいます。
そして鳥やネズミ、時にはカエルや魚などの獣に変わってしまった天使を殺し、薬や呪術の材料として使うのです。
そう話す猟師の目は、どんどん暗く沈んでいきました。
「おまえ、ほんとうはいやだったのか?」
天使がたずねましたが、猟師は天使の問いを無視し、出口の方向を指しました。
「どこへでも行き、好きなだけ助ければいい」
「じゃあ、お前のそばにいる」
天使はぼそりと言って、背中から猟師をぎゅっと抱きしめました。
猟師は無表情で無言のままでしたが、内心、困惑していました。
これまで、猟師にとって天使はただの獲物であり、頭の先からつま先まで、すべてが売り物になる商品でしかなかったのです。
それに、こんなふうに天使と会話をしたのもはじめてでした。
これまでは、捕まえたら髪を切り、羽をむしり、衣や装備を奪って、そのすべてを売人に売りわたす。ただ、それだけでした。
それ以外のことは、他の誰にも教わらなかったのです。
身体を穢すと言いなりになる……というのは魔女から教わった知識でしたが、猟師には黒爪草がありましたから、そうする必要もこれまではありませんでした。
天使は美しい生き物ですが、獲物です。それなのに、獲物と会話をし、身体を重ね、あまつさえ抱きしめられている……。
それは、この猟師にとって、想像したこともない、とても信じがたいことでした。
天使は猟師の前にまわりこみ、困惑しているその髭まみれの頬を、そっと両手でつつみこみました。そして猟師の瞳をじっとのぞきこみました。
猟師はやっぱり無表情のままでしたが、心の中では、さらに困惑していました。
……ロウソクの揺れるあかりを反射した天使の瞳。ゆらゆらと赤い炎を写し、まるで燃えているようです。
「……お前の、そのかなしいひとみは、おれが何とかする。いいか。おまえを幸せにするまで、おれはぜったいにはなれないぞ」
そう言って、天使は猟師の額と唇に口付けました。
口付けはとても甘いものでしたが、猟師はなぜか、呪いをうけたような気持ちになりました。
天使の瞳には、もう、涙は浮かんでいません。そして天使は耳元で「もういっかい、だいてもいいぞ」とささやき、猟師の耳を甘く食みました。
……猟師は、自分の中に小さく灯がともるような──不思議な感覚を覚えました。
────捕ってはいけない獲物を捕ってしまった────
そう理解するのに、少し時間が必要でした。
天使が望むような「幸せ」を猟師が得るのは、きっと、とても難しいでしょう。
でも天使が飽きるまで……もしくは自分が飽きるまで、側にいるくらいはかまわない。この呪いが解けるその日まで、この美しい獣を飼い続けるくらい、かまわないだろう。
猟師はそう結論づけると、天使を抱きしめ、ゆっくりとおおいかぶさりました。
天使は微笑みを浮かべ、猟師を抱き返し、それに応えたのでした。
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---おわり---
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