畏れる気持ちを振り払おうと少し勇気を出し、火傷を負った右手足も湯につけてみる。

………

・・・・・・・・・

だめだ。

痛い。

耐えられないほどではないが、無視できる痛みでもない。湯から上げた手足がずきずきと痛む。

火傷の傷とはこんなにも痛むものだったのか。

……火傷を負ったのは初めてじゃない。

料理や薬を作るさいに火傷したり、火を使う魔法をしくじった時も大きな火傷を負った。

怪我も含めると数え切れないほどだ。

だが小さな怪我なら自分で治せたし、爺さんが作った薬をつければすぐ治った。

命に関わるような大きな傷や火傷は、爺さんが魔法で治してくれて……

だからこんなふうに長い間、苦痛を味わい続けるのは初めてかもしれない。

湯につけた火傷の痕が、まだ痛い。心臓が手足にあるかのように鼓動と痛みが連動している。

せめて痛みだけでも何とかならないものか…

フロウと出会ったばかりの頃、魔力がきちんと通ればすぐに治るはずだ…と言われた気がする。

体内の魔力がせき止められているせいで、治癒が上手くできないのか?

だが、そうだとしても治りが遅い気がする。


………場所のせいか?

爺さんと住んでいた森は、魔力あふれる特別な場所だった。生き物を正しく育み、活力を与えるような力に満ちていた。

呪われていたり、魔物を封じてあったりと危険な場所も多かったが、それらは爺さんが張った結界から一歩も出れないか、もしくは上手く利用されていた。

『絶叫ギャビー』も爺さんに利用されていた“呪い”の一つだ。

ギャビーは呪われた悪霊だ。生前、強い呪いを残して死に、そのまま悪霊になった。

ギャビーはしょっちゅう叫んでいて、その叫びを聞いた者は例外なく死ぬ。普通なら手に負えない、強力な“呪い”だ。

だが爺さんはギャビーの絶叫を魔法の瓶に閉じ込めて、畑の周囲にある雑草に聞かせて除草していた。

あと、魔法の鈴に絶叫を閉じ込めて軒に釣るし、家に侵入してくる虫を殺したりもしていた。

だがギャビーは徐々に叫ばなくなり、最後は消えてしまった。

爺さんがあまりにギャビーを利用したのと、土地に満ちていた魔力の影響で呪いが解けてしまったのだ。



……だが“ここ”は、かつて住んでいた森とは違う。

“魔力に満ちている”という点においてはよく似ている。だが、力の質が大きく違う。

呪われた土地。

…こんなふうに身体に影響を及ぼすものなのか………

【ルシル】
「……上手く行かないもんだな」


少しずつ。少しずつではあるが、色々なことが前に進んでいる気はするのに、あと一歩が届かない。

…クロツメクサも、クロツメクサが生える原因の石も、この土地にかけられた呪いの一つなのだろうか。

それとも土地にかけられた呪いのせいで、石や植物が変質してしまうのだろうか……

………

あの男──ラルヴァ──が、悪魔ならば。クロツメクサを根絶やしにできる、というのは嘘では無いだろう。

だが、そこに悪意が無いという保証は無い。

ラルヴァにとって何かの大きな利があるのだろう。そしてそれは恐らく、俺にとっては大きな不利益……

【フロウ】
「………ル。ルシル、おーい!」


【ルシル】
「ぅああっ!? な、な……」


大きな声で呼びかけられ、文字通り飛び上がった。

湯がばしゃばしゃと大きな音をたてる。

【ルシル】
「何、入ってきてんだ!」


突然フロウが現れ激しく動揺する。飛び上がった拍子に体制を崩し、火傷を負った手足をまた湯につけてしまった。

痛い。

【フロウ】
「いや、声をかけたけど返事がないから……。具合でも悪くなったんじゃないかと心配して……」


【ルシル】
「ちょっと長風呂しただけでいちいち心配するな!」


【フロウ】
「どういうわけだか、君のことになるとすごく心配になるんだよね……そうだ! お詫びに背中でも流すかな」


こいつ、いつから居たんだ?

【ルシル】
「……いらん。さっさと出てけ」


痛みをごまかすため、火傷の残る右手を上げた。そして虫でも払うように手首を振る。

だがフロウは出て行かず、逆に近寄って来た。

【フロウ】
「ついでに火傷の具合を診たい。手、出して」



迷ったが、フロウの有無をいわさない空気に気おされ、湯船に浸かったまま、右手をフロウの方へ差し出す。

床に膝をついたフロウは、俺の腕を見るなり顔をしかめた。

【フロウ】
「…………これ、まだ痛いでしょう」


【ルシル】
「…………」


図星だ。だが、騒いだところで治るわけでもない。

薬の塗布と包帯の交換くらいは自分でやっているが、薬をあまり使わないようにしていたのは事実だ。

薬の数は少ない。だから折を見て、病院の周囲に生えている薬草なども集めてはいるが、季節のせいもあり足りてない。

魔力を循環させて治癒力を高めるようにもしている。だがこれも、あまり上手く行っていない……

魔法使いとしては、治癒が遅すぎると言ってよかった。

【フロウ】
「………………」


火傷に視線を落としたままのフロウは、なにか言いたげな表情をしつつ、押し黙っている。

不審に思って握られた手を引っ込めようとした刹那――…


………………

――――…あ?

今、何が起こった?

//天使ルートより一部抜粋