…………
………………?

何かが聞こえた。

カルボーも耳をそばだててる。

足を止める。
かすかだが人の声のようだ。

歌うような、流麗な言葉の羅列。
けれど歌とは少し違う。

声のする方へ引き寄せられるように進んでいくと、建物の奥へと導かれる。

程なくして、少し作りの違う空間へ出た。

ああ。
祈り、か。

聞こえていたのは祈りだった。
子守歌のような……死者への手向けとする鎮めの祈りだ。



目の前に開けた空間は教会だった。

一歩足を踏み出すと、静謐(せいひつ)な空気に飲まれるような感覚がする。

カルボーは何かを感じ取ったのか、入り口で大人しく座りこんで動かない。

──朽ちかけた教会だ。

かろうじて屋根板が残っているが、これでは雨が入り込むだろう。ベンチは綺麗に並べられているが、苔むしていてあまり座る気にはなれない。

左右の窓にはめ込まれている色ガラスが、一つも欠けずに残っているのが奇跡に思える。

院内の窓ガラスは、どこかしらに板がはめ込まれていたが、ここは違うようだ。

……かつては美しい教会だったのかもしれない。
しかしここも、他の場所同様、いつ崩壊してもおかしくなさそうだ。

祭壇の前に置かれているのもまた、場にふさわしく粗末な棺桶だった。

だが。

棺桶の前に跪く姿だけが鮮明だった。

※画像は開発中のものです。
本編では変更する可能性があります。
ご了承のほどよろしくお願いいたします。

部屋中を照らして温めるような、白い光を纏った後ろ姿。

よく見ればそれは、教会に開いた穴の一つから差し込む朝日に照らされているだけで、背を向けた人物が光ってるわけではないのだが。

こちらに向けた背には、大きな羽根がうっすらと見て取れる。

ガラス細工のように透けて見える羽根。

だが確かに存在している。

……この羽根は恐らく、普通の人間には見えない。

魔法使いの目にだけに写る、聖なる翼。

羽根を背負っているのは、この一週間……嫌と言うほど見慣れた男……フロウだ。

祈りの声はいつの間にか途切れていた。

こちらを振り向くこともない背中に、ゆっくり近づく。

フロウの傍らに立つと、蓋の閉められていない棺の中が見えた。

……安らかな表情をした老人が横たわっている。

まるで眠ってるだけのような、そんな穏やかさだった。

【ルシル】
「……誰だ?」


【フロウ】
「……こちらは、村はずれに住んでいたご老人だよ」


静かな声で言う。

【フロウ】
「お歳のわりに快活な方でね。この病院の細々したことを、よく手伝ってくれてたんだ」


柔らかい皺の刻まれた顔。手。

寝姿からでも、その人柄が明るいものだったというのは理解出来る気がした。

老人は流行病であっという間に亡くなってしまった。身内もいないため、フロウがこうして弔っているらしい。

眠る老人の向こうに、祖父の姿が重なって見えた気がした。

頼りがいのある横顔を見るのが好きだった。
博識で、暖かくて、そして優しかった。

あんな……あれほどの理不尽な悪意に晒され、煙と炎に焼かれながら、それでも俺を逃がしてくれた。守ってくれた。

別れの最後の瞬間まで、微笑んでいた。

【ルシル】
「……………」


思考が感情に追いつかない。

それなのに涙が溢れる。

溢れた涙が流れて、落ちて、また溢れる。
止めどなく、何度も何度も。

//天使ルートより一部抜粋