……雨だ…………

ガラスを激しく叩く、雨と風。
それらの音が頭の中で反響し、耳鳴りがする。

嵐。

ざあざあ、ごうごうという音が止めどなく流れ、渦巻く。

うるさい。

誰か……

この音を止めてくれ……

【青年】
「あっ……、あんまり激しく動かないで……。僕が落ちてしまう」


のんびりとした、囁くような声が耳元で聞こえる。
他にも何か言っているが上手く聞き取れない。

激しい雨音が聞こえる。

叩き付け、流れるような音。

砕けた雨水が瞬時に凍りつき、身体中に刺さり、体温が根こそぎ奪われるような錯覚。

【ルシル】
「……さ、……ぃ」

【青年】
「……お。気付いた?」


【ルシル】
「さ、む……い…………」


氷水に浸されてるみたいだ。

寒い。

冷たい。

寒い。

寒くて……息苦しい。

震えが止まらない。

凍った芯から染み出した冷気が、四肢の先まで侵していく。

俺は死ぬのだろうか。

嫌だ。

死にたくない。

少しでも楽になりたくて、大きく息を吸う。

すると今度は、身体の右半分が焼けるように熱い。

寒いのに、熱い。

つめたくて、あつくて、いたい。

なぜ。どうして。

ざあざあ。ごうごう。

頭の中に渦巻いていた音が、広がっていく。



雨音のように聞こえていた“それ”が、揺らぎ、変化する。
バチバチと爆ぜる音と共に、熱風が身体を包んでいく。

『殺せ!』

『もっと焚け! 絶対に逃がすな!』

真っ赤な炎。

立ち上る煙が、不快な臭いを伴って空を塞ぐ。

ああ、そうだ。

火を放たれたんだ。

木漏れ日の美しかった住み慣れた森。……あっという間に業火の餌食となった。

爺さんと二人で過ごした庵。二人が食べて行けるだけの、ささやかな畑。

全て炎に呑まれ見る影もない。

あるのは熱と、怒号と、今にも俺と爺さんを飲み込みそうな分厚い炎の壁だけだ。

時折聞こえる怒声は、町の人間のものだ。
燃やせ、殺せと、声高に叫んでいる。

厭悪(えんお)すべきもの! 唾棄(だき)すべき異端!』

『魔法使いは殺せ!』

向けられた悪意。

狂った目をしている。

そして火。炎。

すべて、何もかも焼き尽くされてしまう。

森も、庵も、積み重ねてきた時間も、俺と爺さんも、何もかもを焼き払おうとしている。

【爺さん】
「転送だ。動くと座標ずれるから絶対動くなよ」


【爺さん】
「じゃあな。息災でいろ」


待ってくれ。
駄目だ。何を言ってるんだ。

爺さんなら……
爺さん一人だったなら、きっと逃げ出せた。

声が出ない。息が吸えない。

炎に吸い込まれるかのように遠ざかっていく爺さんの背中。

熱い。苦しい。
待ってくれ、待って、待って待って待って……!!


※画像は開発中のものです。
本編では変更する可能性があります。
ご了承のほどよろしくお願いいたします。

【ルシル】
「――…駄目だ! 嫌だよ!! 行かないで……」

【青年】
「……大丈夫。どこにも行かないよ」


頬に、人の手のようなものが触れた。

柔らかく動いたそれは、二度、三度、優しく肌を撫でる。
撫でられたところから少しずつ、少しずつ熱が引いて行くような気がした。

清涼な香りがして、髪や頬に優しい吐息が落とされる。

【青年】
「ここは寒くないし、熱くもないよ。とっても安全なんだ…………今は、何も考えなくていいんだ。ゆっくり休もう」


うるさかった音が遠ざかっていく。

優しい声に塗り変えられていく……

【ネコ】
「にー……」


カルボー……?

そうか、お前、無事だったのか。

良かった。

【青年】
「ん。君も彼が心配だよね。おいでおいで。……よしよし」


【カルボー】
「ゥー……」


カルボーが無事だった事に安堵したせいか、猛烈な眠気が襲ってきた。

【青年】
「いい子だ。そう、ご主人様にくっついてあげて。僕といっしょに彼を暖めてあげよう」


【青年】
「……おやすみ。いい子だね……」


怒号、炎、豪雨。
全ての煩わしい音が遠ざかる。

代わりに、静かで優しい心音が聞こえる。
規則正しく……ゆっくりとした、鼓動………

【青年】
「もう大丈夫………」



//天使ルートより一部抜粋