魔法使い
【注意】陵辱描写があります。ご注意ください。
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 々のことです。

 戦争がありました。
 人々は土地を奪われ、戦火を()け、ほうほうのていで逃げ出しました。大人、子供、老人、農民、商人、戦士……そして魔法使いも、みんなで平和を求め、山をいくつか越えたところにある開けた場所に流れ着きました。

 そこには林に囲まれた大きな沼があり、沼のほとりには、誰が建てたのか古い小屋がぽつんとありました。沼の周囲は湿地でしたが、人々は乾いた場所にどうにか家を建て、力をあわせて暮らし始めました。

 住んでみれば、水が良いのか作物がよく育ちます。
 やがてそこは村になり、人々の定住の地となりました。



 ところが、ある日のこと。

 村の離れに住んでいた魔法使いの青年が「この地は良くない。違う場所へ移住すべきだ」と告げました。

 じつは、この土地の豊かさは見せかけだったのです。土の下は膿んで腐っている。今は良くても、いずれ大きな災いが起こる。魔法使いは、魔法でそれを知ってしまったのです。

 しかし村はもう完成していますし、作物も豊富です。村の人々が魔法使いの言葉に耳を傾けることはありませんでした。

 魔法使いは困ってしまいました。

 なんとか皆を説得しようとしましたが、村長をはじめ、村人たちは誰も耳を貸してくれません。

 不吉な話をする魔法使いを嫌う者も現れ始め、魔法使いの立場はどんどん悪くなっていきました。

 それでも、たった一人だけ、魔法使いの言葉に耳を傾けてくれる人がいました。

 魔法使いと子供の頃から一緒に遊んでいた、幼馴染の青年です。

 魔法使いと、その幼馴染。
 二人はお互いに、密かな想いを(つの)らせていました。

 魔法使いは、幼馴染の頼れる強さが大好きでした。
 幼馴染は、魔法使いの黒髪とフードの奥に隠されたその顔が、とても美しいことを知っていました。

 二人はお互いの気持ちに気づきつつも、男同士という壁に立ち向かう術を知らず、肩を寄せ合って語り合うのがせいぜいでした。

 そんな幼馴染の支えもあり、魔法使いは村人に嫌われても、一生懸命、説得を続けました。



 しかし、何も変わらないまま時間が流れ……

 ある日、一人の子供が病に倒れました。

 それをきっかけに、年老いた者、身体が弱っていた者が次々と病に倒れ、そして死んでしまいました。病はどんどんと広がり、やがて昨日まで元気だった者まで病に倒れる始末です。

 たくさんの人が死んだために埋葬が間に合わず、遺体は村はずれの大きな沼に投げ捨てられるようになりました。そこは底なし沼で、一度沈んだものは二度と浮き上がって来ないのです。

 魔法使いは、この病を治そうと必死になって働きました。でもどんなに良い薬や魔法を使ってみても、この病は治りません。

 村人の誰かが言いました。
「この病は、きっと魔法使いがやったに違いない。きっと、呪いをかけられたんだ」

 初めは戸惑っていた他の人々も、死の病気が広がるにつれ、不安で心が弱くなっていきました。

「隣町では悪い魔法使いを処刑したらしい」
「魔法使いと人は一緒には暮らせない」


 そんなふうに、病の原因を魔法使いに押しつけ始めたのです。

「魔法使いは、この土地で豊かになる我々が妬ましかったに違いない。だからこの土地を捨てろと言っていたが、誰も言うことを聞かないので、仕返しをしたんだ」

 ついに村長がそう言ったとき、異を唱える者は誰もいなくなりました。魔法使いの幼馴染だけが誤解を解こうとしましたが、聞き入れられません。

 すぐに魔法使いが呼び出され、村人達の前に連れ出されました。

 とまどう魔法使いの前に、村長が出てきて問いを投げかけます。

「いま、村にはびこっている病はお前がやったのか?」

 魔法使いは驚いて答えました。

「違います。この病は私のせいではありません」

 村人の誰かが、魔法使いに向かって石を投げつけました。石は魔法使いの手前に落ちて当りませんでしたが、事態の深刻さは感じ取れます。

 改めて村人を見渡すと、魔法使いを取り囲む目は怒りと恐怖に満ちていました。

 病を治す方法はわかりません。でも原因はこの土地にあると、魔法使いは感じていました。

 土の下は腐っている。それは間違いありません。

 でも作物はよく実り、土地は豊かなのです。
 だから誰も耳を貸しません。

 忠告はしました。
 病で人が倒れるようになってからは、寝る間も惜しんで病気の人達のために働きました。

 ───その結果が、これなのか────

 悲しみに沈む魔法使いは、黙ったまま静かにうなだれてしまいました。

 その仕草を「罪を認めた」のだと理解した村人たちは、魔法使いをしっかりと縛り上げると、沼の傍にある古い小屋に閉じ込めました。

 魔法使いは悲しさと、自分の不甲斐なさに絶望し、抵抗することなく捕まってしまいました。

 魔法使いが捕らえられた小屋は、今は亡くなった遺体をしばらく置いておく場所として使われていて、小屋の半分が沼の水に漬かっています。

 悪臭が漂い、床は泥でぬかるんでまともに寝ることもできません。もし魔法のローブを身にまとっていなかったら、たちまち凍えて死んでしまったかもしれません。

 それでも魔法使いは大人しく従っていました。



 何日か経ったある夜。

 微かな水音で魔法使いは目覚めました。

 月が無いため、あたりは真っ暗です。

 どうして自分が目覚めたのか不思議に思ってあたりを見回すと、小屋の隅……浸水している場所に、何か黒いものがあります。その黒いものは見るからに禍々しく、小さくうずくまり、濁った黄色い目で魔法使いを凝視しているのです。


 法使いは驚いて起き上がりました。そしてすぐに気付きました。その黒いものが悪魔だということに。

 悪魔は魔法使いと目が合うと、目の真下にある、左右に広がった亀裂から声を出しました。

『俺と取引をするなら、望みを一つ、叶えよう』

 水の中から話しかけているような不快な声と、腐肉の臭い。魔法使いは思わず眉をひそめましたが、逃げ場などありません。

『お前の身体をくれるなら、お前の望みを叶えるぞ……』

 悪魔はそう言うと、泥が崩れるようにぼろぼろと壊れ、水に沈み込んで行き、やがて見えなくなりました。魔法使いは大きく息を吸い込み、そして吐き出しました。恐怖で息を止めていたのだと、その時、気付きました。緊張していた身体が今頃になって震えだします。

 魔法使いが震えていると、窓から誰かが小石を投げ入れてきました。かろうじて悲鳴を噛み殺した魔法使いは、また悪魔が現れたのかと窓の方を見ました。

 すると、窓の外にいたのは幼馴染の青年でした。

 魔法使いを助けに来てくれたのです。幼馴染は、小屋の入り口に立っている見張りを避け、沼を泳いでそっと近付いたのでした。

 幼馴染は、なぜ捕らわれたままなのかと小さな声で訊きました。魔法使いの力があれば、こんな束縛は簡単に抜け出せます。眠りの魔法で見張りを出し抜くことも簡単なはずです。

「私は無実だ。だから逃げ出さないんだよ」

 魔法使いの返答に、幼馴染は困ってしまいました。村人にとって魔法使いは有罪で、明日にでも火刑にすることが決まっていたからです。

 幼馴染はそれを魔法使いに伝え「もしお前が火刑になるなら俺も死ぬよ」と言いました。

 今度は魔法使いが困ってしまいました。小さい頃から仲良しだったこの幼馴染が死ぬなんて耐えられません。でもきっと、幼馴染も同じ気持ちなのでしょう。

「俺と一緒に逃げよう。この村を出て、二人でどこか遠くへ行けばいいよ」

 幼馴染は、そう、魔法使いに言いました。魔法使いはその申し出をとても嬉しく思いました。それに明日、火刑が決まっているのであれば無実だろうが意味がありません。それにもし魔法使いが逃げてしまわなければ、村人達は無実の者を火刑にしてしまうことになります。

 魔法使いは覚悟を決め、幼馴染と共に逃げることにしました。

 まず、幼馴染に渡されたナイフを使い、自分を縛っている縄を切って自由になりました。

 次に、扉の前に立って眠りの呪文を唱えます。何日も縛られたままでろくに食べさせてもらえず、ぬかるんだ床に転がされていたせいで魔力は底をついていましたが、何とか魔法を使うことができました。

 扉の外からばたばたと人が倒れる音がします。

 そこへ幼馴染がやってきて、扉のかんぬきを外から外しました。

 二人は思わず抱き合い、喜びました。

さて、こうしてはいられない。早く遠くへ逃げなければ」

 幼馴染はそう言って走り出そうとしましたが、魔法使いがふらふらと座り込むのを見て立ち止まりました。魔法使いは体力も魔力も使い果たし、くたくただったのです。

 幼馴染が慌てて駆け寄ると、魔法使いは気を失っていました。幼馴染は迷わず魔法使いを背負い、走り出しました。

 駆けて駆けて、繋いであった馬まで何とか辿り着き、今度は馬に乗って山の方へ逃げました。


 馴染が山の中腹で村を見下ろすと、あちこちでたいまつが焚かれているのが見えました。どうやら魔法使いが逃げ出したことが村中に知れ渡ってしまったようです。

 幼馴染は魔法使いを抱え、さらに山の奥へ逃げました。

 明け方近く、幼馴染は洞穴を見つけたので、そこで休憩を取ることにしました。魔法使いは弱っています。幼馴染は小川で水を汲み、布を浸しました。濡れた布で魔法使いの顔や手足を拭いてやると、魔法使いの目が開きました。

 幼馴染の青年は心から安堵し、思わず魔法使いにキスをしてしまいました。魔法使いは最初、驚いて目をぱちぱちと瞬かせましたが、すぐ幼馴染を受け入れ、腕を彼の首にまわしました。

 そうやって、しばしお互いを求め合ったあと、幼馴染が唇を離して言いました。

「村人達がお前を探している。ここはまだ村から近い。もっと遠くへ逃げよう」

 魔法使いはうなずいて、立ち上がろうとしました。でも力が入りません。どうやら熱もあるようです。青年は袋からパンとチーズを出し、水袋と一緒に魔法使いに渡しました。

「俺は馬を連れてくる。離れた場所に繋いであるんだ。もし日が昇りきっても俺が戻らなかったら、このまま一人で逃げるんだ」

 魔法使いは幼馴染の腕を取り、頭を横に振りました。幼馴染は魔法使いを抱きしめ、笑顔を見せて安心させると、後ろを振り返りつつ洞穴から出て行きました。

 魔法使いは渡されたパンとチーズを水で流し込み、少し横になりました。

 ……横になりながら考えました。村人達に誤解されたままなのは悲しかったですが、幼馴染の青年が自分を信じ、一緒に逃げてくれることがとても嬉しかった。

 彼と一緒であればどこへでも行ける。

 もし彼と暮らせるのであれば、魔法使いをやめたっていい。二人でどこかの山奥で、ひっそりと、平和に暮らしていければそれでいい。

 そう思いました。



 …………しかし、いくら待っても幼馴染は戻って来ません。

 日は高く上り、約束の時間をとうに過ぎてしまいました。

 魔法使いは不安になりました。魔法を使って幼馴染を探そうとしましたが、まだ体力も魔力も回復していないのか、上手く魔法が使えません。

 そうこうしているうちに、空はオレンジ色に染まり、たちまち日が沈んで暗くなってしまいました。

 魔法使いはかろうじて立ち上がり、幼馴染を探そうと洞穴を出ました。空には薄く削いだような月が出ています。魔法使いは大きく深呼吸をして、遠くを見渡す魔法を使ってみました。

 ……村が見えました。広間には多くのかがり火が赤々と灯されて、人々が集まって何かを叫んでいる……。

 そしてその中央には処刑台が組み立てられ、台の中央を貫く柱の先には、先端を輪にした縄がぶら下がっていました。

 幼馴染が縛られ、縄の前に引き出されている様子が見えます。

 魔法使いは叫んで走り出しました。

 足はもつれ、手は宙を掻きます。魔法を使って時間を稼ごうと思いましたが、遠くを見渡す魔法で魔力を全て使ってしまい、上手く行きません。

 長いローブが足に絡まり、フードは木の枝に引っかかります。ゆったりした袖も駆けるにはあまりにも邪魔です。魔法使いは、大切な魔法のローブを脱ぎ捨てて走りました。

 木の根に(つまず)き、転んでも立ち上がってまだ駆けました。途中、小さな崖を転げ落ち腕を痛めましたが、気にしてはいられません。

 なんとか山を駆け下りた時には、魔法使いの手足は傷だらけになっていました。走ったせいで息も絶え絶えです。それでも魔法使いは残りの力を振り絞って、広間へと歩きだしました。

 広間の端の方で、小さい悲鳴が上がりました。

 それは、ぼろぼろの魔法使いを見た誰かが上げた悲鳴でした。村人達がその異様さに道を開けたので、魔法使いはすんなりと広間の中央まで進むことができたのです。

 しかし、そこに見たのは吊るされた幼馴染でした。

 魔法使いは膝をつき、顔を覆うと、声にならない絶叫を上げました。

 屈強な村人達がやってきて、魔法使いを再び捕らえます。魔法使いはまた、沼にある小屋に捕らえられてしまいました。

「明日はお前の番だ。お前の幼馴染は、お前を逃がした罪で絞首刑にしたが、お前は火刑にする。」

 村長がそう言って扉を閉めました。



 その夜。

 小屋の外で水音がしました。何か大きなものを沼に投げ入れたような音です。

 続けて、扉のかんぬきがごとごとと開く音がしました。魔法使いは虚ろな目で扉を見つめています。その手は後ろに縛られ、口には、呪文を唱えられないよう、口枷がはめられていました。

 幼馴染はもういない。

 では、かんぬきを開けるのは誰だろう?

 大きな音を立てて扉が開き、たいまつを持った何人かの男が入ってきました。一人が魔法使いの髪の毛を掴み、顔を上げさせ、たいまつで照らしました。それを見た男達は「本当だ」とか「これはいい」と口々に言い、魔法使いをいやらしい目で見つめています。一人が魔法使いの服をびりびりと剥ぎ取りました。

 魔法使いは、これから自分がどんな目に合うのか悟りました。呪文を唱えようにも、口枷が邪魔をしてうめき声しか出ません。

 誰かが言いました。

「どうせ明日、燃やされてしまうなら楽しませてもらう」

 魔法使いは壁に押し付けられ、立ったまま、男達の慰みものになりました。魔法使いが泣き叫んでも誰も聞いてはくれません。男達は、かわるがわる何度も何度も魔法使いを犯しました。魔法使いの足の間から血が流れても、その動きが止まることはありませんでした。


 して魔法使いを今まさに犯している男が、耳元で囁きました。

「お前の幼馴染は、さっき、沼に捨てたぞ」

 魔法使いは悲痛な叫び声をあげ、涙を流しました。泣いて打ちのめされている魔法使いを見て、男達はせせら笑いました。

 絶望と苦痛の中。魔法使いは、部屋の隅……浸水している個所に黒い塊を見ました。

 それはこの前に見た悪魔でした。

『お前の身体をくれるなら、お前の望みを叶えるぞ……』

 悪魔は前と同じことを言いました。

 魔法使いは男に揺さぶられながら、「身体を、やる」と言いました。口枷をされていましたから、言葉にはなりません。でも確かに言いました。

「その代わり、呪いを。私の幼馴染を吊るし、それを許した全ての者に呪いあれ」

 (けが)れた自分の身体にも村人にも未練はありませんでした。

 悪魔はニヤリと笑い『契約だ』と叫びました。

 その瞬間、たいまつが消えました。部屋は真っ暗です。

 誰かが血を吐き、どしゃりと倒れる音。そしてまた、他の誰かがうめいて倒れる音……

 次々と倒れる音が続き、小屋の中はとても静かになりました。

 小屋の中に充満するのは血の臭い。それと、腐敗した臭い。

 外にいた見張りが、小屋の中の異常に気付いて声をかけました。でも誰も返事をしません。中を覗こうと少し扉を開けたとたん、中から真っ黒い何かが飛び出し、見張りの首をはねました。跳ねられた首は弧をえがいて飛んゆき、沼の中へぼちゃんと落ちました。

 黒い塊は悪臭を放ち、泣き叫びながら村へ向かって行きました。



 ────その後、その村は死に絶えたと言います。

 流行り病のせいだとも、呪いのせいだとも言われましたが、本当の理由を知る者はいません。村人が一人も生き残らなかったので、真実は伝わらないまま闇の中に消えてしまいました。

 今でも、その沼のほとりにある小屋に近付くと、腐った臭いが漂い、泣き叫ぶ声が聞こえる……と、伝えられています。


---おわり---

魔法使いと天使と悪魔
© 2017 Varenyett
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